ユング的なるものというか、グノーシス的なるものというべきか、40年このかた追いつづけてきたことに気づいてわたしは今当惑している。浅学なわたしは哲学を系統的に読んだことがなかった。必要に応じ、またなにがなにやらわからぬままに集めた断片が、突然いのちを持つもののようにズルズルと動きだし、ひとつの地図のようなものをかたちづくろうとしている。
ヘルマン・ヘッセがユング派の影響のもとにデミアンを書いたと、たしかに読んだことがあるような気がする。ナグ・ハマティ文書を買ったのがユング財団というのも読んだことがある。だが、十代のころ、聖書のように持ち歩いていたヘルマン・ヘッセのデミアン、薄い新潮文庫高橋健二訳のデミアンの底を流れていたのがグノーシス主義の流れだなどと考えてもみなかった。
「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアブラクサスという」これはデミアンの一節である。アプラクサスとはユングが名づけた聖性と魔性をあわせもつ神であり、生また死である。わたしがデミアンに惹かれたのは自分の欠落を埋め全体性を回復したいという希求があったからだと思う。すべての根源は自分の裡にあるということ、それを探求する孤高の少数者であれというメッセージが青春という世界の再構築のはじまりにうろたえていたわたしにとって明かりのように感じたのだと思う。
ユングの母方は著名な霊能者の家系だったそうだ。そのためかユング自身も超常現象を幾度も体験し、なぜそれが起きるのか知ろうとすることから、グノーシス主義に光を与えることになったのではという説がある。ユングの師フロイトはユングのオカルト主義をきらい師弟は絶縁した。わたしの興味は知らずしてユングの弟子河合隼雄そして、神話学のデビット・キャンベルにもひろがっていったのだ。
語りとは聴き手の集団的無意識の扉を叩くのだとは7年前からの考えだった。それは本来自分の裡にあった考えかどうか、今はさだかでない。やはりユングを信奉する片岡輝さんから ユングですね と指摘され驚いた記憶がある。ともあれ 40年の遍歴をうけてマグダラのマリアを語ることから本家のグノーシス派の文書 ナグ・ハマティやピスティス・ソフィアにたどりついたわけだ。
さぁ これからどこにいくのだろう。「膨大な無意識界に向けて石を落としてみようか。「無意識は自己の全体性を回復し治癒する」それは目的である。「自己」のみならず他者の全体性をも回復する手助けをし癒すのが望みである。わたしの石はことばだろうか。ものがたりだろうか。それとも自己投機。
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